凶悪な風 唐松岳、中山峠、上州武尊、湯の丸


これまで絶望的な凶悪な風を4度ほど喰らった。
初めてのそれは16の時、八ヶ岳の中山を過ぎ天狗岳へ向かう途中、隊列は3つに分断され烈風吹きすさぶ中、吹雪となったのである。
その途中、同級の女の子のリーダーがキスリングを背負ったまま風で煽られ岩棚へ10メートル転落しそこで止まったのだという。我々は中山峠になんとかたどり着き、やまびこ荘へ一時退避。
この烈風と山小屋やまびこ荘の体験が後に西穂高岳山荘でアルバイトをする動悸となった。
 
上州武尊へは19の時春に向かった。雪洞を掘る場所を探しながらツアースキーを履いて樹林帯を登っていった。
時折、強風が谷に向かって吹きつけた。凍った高崎の弁当を食う時下田のスキーが風に煽られ谷底へ流れ出した。ヤツは板を追って谷底へ駆けていった。
湯の丸高原で取り敢えずリフトで出来るだけ高く登りさらにツボ脚で或いはスキーを履いて突き進み、幕営地を探す。極寒だった。冬の小さな美しい夕陽だったが、雪のテーブルや椅子作りが辛かったので後輩二人にやらせた。
じっと立っていられなくなるほどの寒気のなかチーズフォンディュを6人くらいで食べテントへ逃げ込んだ。深夜、「サワサワサワ~、ドギャャャャャャャャャャゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」っと沢づたいに風が上ってきて
テントをグラグラ揺らす。テントの中で耐風姿勢を取りたくなる。それが明け方まで延々と続いた。
翌日、外へ出ると雪が1.5メートルくらい積もっておりツボ脚の仲間はそのまま地の果て、奈落へ落ちていった。這い出てくると股は有刺鉄線で裂けけているのだから恐ろしい。一歩進むとまたズボボボーっと地の底へ落ちていくので全然前進できない。

唐松岳へは1996年ごろの5月リフトで登りそこから歩いて幕営地を探す。そこは後にオリンピックのコースとなったところのようだ。笑いながら凶悪の風を浴びるほどの余裕があったが、青ざめたのはノースフェイスのジャケットのジッパーを降ろされ中身を風に抉り取られ、谷底へ叩きつけられたことだ。

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