リュックサック事情が世界的によくないのではないか?


私の学生時代は子供時分よりもザックの質が落ちた。
子供のときはエバニューやJAN SPORTSのフレームザックを買ってもらい雲取山や三つ峠、両神山、蓼科に登った。
キスリングである。何リットルでも入るが、それだけではすまないのである。キスリングを背負子に自転車チューブに結び付け、その上にダンボール箱2箱を載せ全員必ず約35kgとし軽ければ教科書を入れられるのである。冬はもっととても実に悲惨だ。かまぼこテントや進駐軍テントという過去の遺物を載せ左右にスキーやらストックやらが付き、和かんじきでラッセルしながら進むのである。
45kgくらいになるのである。
80年代初頭の憧れのザックはなんと言ってもカリマーのピーター・ハーベラーの紫色のだ。
しかしそんなものを買ったら先輩に何をされるかわからない、何を言われるか、で結局、ICI石井スポーツのオリジナルザックパタゴニアの紫色で妥協した。確か同色のサイドポケットは別売りであった。フレームも入っていないのでパッキング術は鍛えられた。
ニュージーランドの『マックパック』が初めて日本に進出した頃、カタログパンフレットはペニャペニャだったが、商品はなかなか魅力的なスペックだった。
ブラックダイヤモンドなんていうメーカーも出てきた。
パタゴニアはなんていうメーカーはなく、イヴォン・シュイナードがザックを出していて、それは上野のとらやで売っていた。シュイナードのザックは立ったワニが赤いサングラスをかけていてマントをたなびかせていたように思う。上野のアートスポーツ、池袋の秀山荘、高田馬場のカモシカスポーツ、秋葉原のニッピン、銀座の好日山荘、大久保や新宿西口のICI、神保町のさかいや、旅行をかねて鶴見のIBS石井スポーツ、伊勢崎の石井によく通った。
ゴアテックスは第二世代が出たばかりで、東レがエントラント、日東電工がミクロテックス、どこかがハイパロンという素材で安く対抗していたがゴアテックスが征した。
90年代に流行った素材に重大な欠陥(加水分解)大きな
バルカンコンフォートグリップのカンガヒマールは確か120L

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