険しい浅間山とウルトラマンとの繋がり-円谷英二-葛飾北斎


紙本著色浅間山図

寛延(1748年)- 文政年間の浅間山はいずれ1783年8月5日(天明3年7月8日)起こる大噴火、後に鎌原観音堂建立に繋がる天明噴火によって現在の成層火山の典型的な容姿となったのであろうか?

天明噴火以前には葛飾北斎歌川国芳にも影響を与えたという亜欧堂田善によって描かれた重要文化財浅間山図屏風での浅間山は峻嶺たる山容で標高も2,800m以上はあったのかもしれない。それら妙高山にも言える事だが日本の火山の噴火は劇的に山容の変化をもたらす。

ところでこの亜欧堂田善という人はあのウルトラマン生みの親・円谷英二のご先祖にあたる。生みの親が英一(本名)が3歳の時に亡くなり、祖母ナツに育てられたという。ナツは亜欧堂田善の家系の人だそうだ。たから、円谷英二は亜欧堂田善の子孫となる。

最近、北軽井沢によく行くがここからの浅間山は美しい。でもここでは険しい浅間山から怪獣が現れたら、なかなか愉快な絵柄なのではないだろうか?円谷プロにはそんな込み入ったカメオ的なる演出も期待したい。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中