YouTubeの音が大きくならない事象


ユーチューブで音楽を聴こうとしたら小さな音で聞こえません。

色々調べてプロパティやら設定を見たがみんなMAXになっている。

マイクロソフトコミュニティを探したがダメだな。

未解決。治ったら報告します。

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便利なサイトやアプリ


電話帳ナビ  怪しい電話番号をgoogleの検索窓に打ち込むと相手先の素性情報などが表示されます。 アプリもあります。

Googleストリートビューで国際宇宙ステーションの中を探検

インターネット上の違法情報の通報

暦のページ 凄い情報量

1947(昭和22)年以降の日本の出生数 1966年の後に飛縁魔という化け物?妖怪?になるといわれている「丙午(ひのえうま)」の人口減が凄まじいですね。

熱中症セルフチェック

漢字 部首 画数 辺 書き方

例:掖 読めますか?書けますか?

赤色立体地図 無料でダウンロードできますっ。

飛行機の位置(フライトレコーダー)

インターネット攻撃情報

ジョシュ・バーネット新日本プロレスに現れる2017年7月


UFC世界ヘビー級王者で日本オタクのジョシュ・バーネットが新日本プロレスのロサンゼルス大会『G1 Special in USA』にゲスト解説として出ていてビックリ。ランカシャースタイル【キャッチアズキャッチキャン(Catch As Catch Can, CACC)】を継承しているザック・セイバー・ジュニアを語ってほしいところであるが果てさて!?

みんなで写真

それにしてもジョシュは相変わらずですねぇ。ったく。キアヌ・リーブスのようにラーメンとか食べているとUFCではぽっちゃり過ぎてデイナにぶつくさ言われちゃいますよ。

「WWEとは違う」新日本プロレスの米興行、現地ファンを魅了 米進出に待望の声

 

#G1USA

大宅文庫 VS Google


今日は朝から飲み残しの薬の再利用のニュースをNHKで見たり、

雑誌図書館「大宅文庫」が財政難で危ないなどと山根 一眞氏が日経に記名原稿でしっかり記事を書いていたりでちょっと「ほー、懐かしいな」などとと思ってしまった。

ここではGoogleの弱点も書かれているが根拠が弱いような気もするがまぁいいでしょう。

何せ90年以降の日本は色々巨人たちに負けっぱなしなので。

大宅壮一文庫や国会図書館は面倒なのでお手頃だったのが高田馬場にあった六月社で当時はお利口なスタッフが色々調べ物を手伝ってくれたが今は知らないけれど、webサイトを見る限り進化しているような気がする。

やがて電通がEL-NETなるものをタダで始めたように記憶しているがスグ様有料化され、私は会社の一つ年上のオタクの人に雑誌記事タイトルのダウンロードをVHSテープに延々としてもらった記憶がある。

で、なんだかいろいろ思い出すのは雑誌ジャーナリズムな人たちってみんないい人で、かなり左で、性に強い人で自己主張が強いなーという人が多かったなー、ボクは初めから右で浮いていたけれど、そこそこ好かれてもいたんだなーという、小雨の中、年上の女と政治の話をしたり将来の子どもの話をしたりしながら並んで歩く市ヶ谷辺りの夜景がドッペルゲンガー的に浮かんだ朝なのでありました。

大宅文庫に寄付でもしようかな。イデオロギー的には相変わらず真逆なのだけれども。

仕事を早退して蛍を見たり馬と触れ合ったり、沢で遊んだり


ミニ旅行というのか何というのか。

土曜日も日曜日も自治会活動や夜間の仕事の顔見世などでしっかり休めたり遊んだりできないので、毎年恒例の蛍を見に行くことが出来なく、癪なので月曜日から仕事を早退。

15:00 早退

15:10 出発

16:00 牧場の馬たちに土産の地元の人参買い出し。面白カラスが「カァカァカァ アワアワア」と啼く。なんだこりゃ。

16:20 牧場と近所の沢で遊ぶ。

17:30 町に出てファミリーレストランで早めの夕食。

18:30 隠し蛍の地へ。まだ明るいなあ。梅雨空の雲がピンク山影が濃紺。キレー。

19:50 帰路へ。

ホタルのきれいな壁紙とかも今の季節いいですねぇ。

ホタルの写真・デスクトップ壁紙写真

ホタルの写真・デスクトップ壁紙写真

21:00自宅にて自動に設定しておいた風呂。

10:30就寝。 忙しかったなー。

 

塙保己一先生のこと


朝起きて、驚きました。Google検索のロゴが塙保己一 誕生 271周年

となっていたのです。この方は小学校の時に社会の授業で知り、私に家族が出来、車で移動中に偶然埼玉の深谷の方で看板を見つけ数十年ぶりに名前を聞いた人です。このエリアにはかの渋沢栄一さんも誕生した地です。

塙保己一のことをヘレン・ケラーに「塙先生こそ私の生涯に光明を与えてくださった大偉人です。」と言わしめた方なのだそうです。これは昭和12年(1937)に保己一のひ孫の塙忠雄が温故学会を設置しそこにヘレン・ケラーを招いた時のエピソード(「私は子どものころ、母から塙先生をお手本にしなさいと励まされた育ちました。今日、先生の像に触れることができたことは、日本訪問における最も有意義なことと思います。先生の手垢の染みたお机と頭を傾けておられる敬虔なお姿とには、心からの尊敬を覚えました。先生のお名前は流れる水のように永遠に伝わることでしょう」

)のようです。

更に、塙保己一はとても穏やかに生きることを誓った方のようで、犬や馬にさえ大声で叱ることもなかった

といいます。これはそうやすやすとはできることではありませんし、現代ではすぐにキレたり叱るどころか怒る人が多くなってしまったことを日本人の美徳感をもってすれば、恥じるべきなのではないでしょうか?

群書類従を作るにあたり六国史を集めたりし、400字詰め原稿用紙の基を築いたのも塙保己一なのだといいます。

東京大学史料編纂所塙保己一による功績から現代に残された功績ではないでしょうか?

旅先での写真大事にします。

とても地味で驚くような場所でしたが忘れられません。

皆さんも生誕の地へ身に旅行してみてはいかがでしょうか?

渋沢栄一と塙保己一の関係についてこちらに記述がありましたので追記します。やはり尊敬していたようですね。